患者さまを中心とした中核病院 病院のご紹介

概要と沿革

概要

病院名 医療法人社団廣徳会岡部病院
所在地 福岡県糟屋郡宇美町明神坂1-2-1
TEL 092-932-0025
FAX 092-933-7253
開設年 昭和60年(1907年宇美町に診療所開設)
理事長 岡部 廣直
院長 岡部 廣直
許可病床数 141床(医療療養型病床65床 結核病床18床 介護療養型病床58床)
診療科目
内科 循環器内科 呼吸器内科 肝臓・消化器内科
腎臓・人工透析内科 麻酔科 ペインクリニック内科 疼痛緩和内科
心療内科 整形外科 リハビリテーション科 放射線科
泌尿器科      
指定医療 保険医療機関(健康保険・国民健康保険・船員保険)
労災保険指定医療機関
生活保護法指定医療機関
原子爆弾被害者一般疾患医療取扱医療機関
結核指定医療機関
身体障害者福祉法指定医療機関
福岡県肝疾患専門医療機関
胃がん検診精密検査実施登録医療機関
肺がん検診精密検査実施登録医療機関
肝臓がん検診精密検査実施登録医療機関
大腸がん検診精密検査実施登録医療機関
骨粗しょう症検診精密検査実施登録医療機関
救急告示病院
病院群輪番制病院
第三者評価認定 財団法人日本医療機能評価機構認定病院

歴史

江戸時代の儒学者 亀井 南冥から現在の岡部病院に続く医祖の血

医者意也 意生於学 方無古今 要期乎治 医は意なり、意は学より生ず、方に古今なく、要は治を期す

亀井 南冥(1743~1814年)

1743年(寛保三年) 筑前国姪浜村(福岡市)で村医亀井 聴因の長男として生まれる
1778年(安永七年) 福岡藩主黒田 治之に儒医として採用される
1784年(天明四年) 新設された藩校(学問所)2校のうちのひとつ甘棠館の学長に就任
*もう1校は修猷館
志賀島にて金印が発見、金印の由来を説明、金印について研究も行う
1798年(寛政二年) 甘棠館焼失、それにともない甘棠館廃止
1814年(文化十一年) 居室の出火の際死去。享年七十二年
猛火の中で端座して梵死したと伝えられる

筑前亀井学とは、当時「海西の巨儒」と称され、亀井南冥と彼の長子昭陽らによって確立された学問。 「肥に椿寿あり、筑に南冥あり」と呼ばれ、肥後の村井琴山と並び称される。

南冥の学識は肥筑の国々はもとより、その子昭陽の門下生 広瀬 淡窓を通じて、豊前にまで行き渡り、九州における徂徠学派の重鎮であった。

医術では迷信的要素の多い療法を排し、科学的な医法を採用して信望を集める。

沿革

明治40年 岡部宮前診療所(岡部 良英)  糟屋郡医師会発足
大正2年 岡部医院開設  (岡部 要三郎) 元糟屋郡医師会会長
昭和29年 岡部病院開設  (岡部 廣文) 元糟屋郡医師会副会長
昭和57年 岡部病院(141床に増床)
昭和60年 医療法人社団廣徳会 岡部病院へ改組
平成6年 院長交替(現理事長 岡部 廣直)
平成8年 老人デイ・ケア開始
「老人デイ・ケア菜の花」開設
平成10年 新病院完成 救急指定取得
平成12年 透析棟完成
居宅介護支援事業開始
「菜の花ケアプランサービス」開設
平成15年 日本医療機能評価機構認定
平成17年 院内個展「Chie Art Therapy 展」開催
平成18年 病院併設「リストランテ・サンヴィバン」オープン
平成18年 「Chie Art 展 ~ホスピタルアート~」福岡市美術館にて開催
平成19年 院内個展「太田 宏介 展」開催
平成19年 病院創立百周年
平成20年 日本医療機能評価機構更新
平成20年 病院外壁改修作業
平成20年 ロビーコンサート「クリスマスヴァイオリンコンサート」開催
平成21年 マルチスライスCT機器導入
平成22年 医療と芸術のコラボレーション
「ホスピタルアートセラピー展」開催
平成23年 全自動透析装置導入
平成25年 日本医療機能評価更新
平成27年 住宅型有料老人ホーム 神苑完成
「デイサービス神苑開設」
「神苑内 院内保育所完成」
平成28年 逆浸透装置を導入、病院・神苑に供給

メインロゴマーク

メインロゴマーク

向き合う2羽の白鳥が医療福祉を支えます。

2羽の間のハートは博愛の精神を示しています。

地域医療支援ロゴマーク

地域医療支援ロゴマーク

7つハートの組み合わせで菜の花を表現しています。

明治・大正・昭和・平成にわたって地域の健康に奉仕してきた岡部病院の歴史と信頼性を表現し、
親しみと優しさにあふれた社会奉仕を示しています。

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